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2015年6月

2015年6月28日 (日)

可能性のとびら

発達障がいを持つ K くんに「ことばの学校」を親子体験してもらいました。

「読解力が心配で・・・」入塾の際のお母様の言葉です。

その課題にお応えしようと、この教材の導入を決めました。

200冊の中から先ずは自分でチョイス。

彼が手にしたのは「あらしの夜に」でした。

倍速を1.1倍にして、ヘッドホンを着け、さぁスタートです。

本を開き、音声を聞き、15分弱を集中する姿。

途中、読む速さを1.3倍に上げましたが気付かないようです。

何を思い描くのか、時折り笑顔が浮かびます。

終わって、「おもしろかった」「もっと読みたい」と嬉しい反応。

早速、来月から始めることになりました。

今後、読書量が増すごとに、彼にどのような変化が見られるでしょうか?

「国語力は読書から」、「読書はすべての土台」、さらに言えば「人生の財産」です。

彼の人生にチョットだけいいことをするようなワクワク感を覚えます。

でも、最も大切なことは持続です。そこを支えるのはワタシです。ハイ。

2015年6月24日 (水)

「ことばの学校生」 誕生!

読むとくメソッド「ことばの学校」を導入しました。

来月からの本格展開を前に、塾生に個別で体験をしてもらっています。

早速、中学受験組のAちゃんとR君が申し込んでくれました。

「やったー!ばんざ~い!」です。

この教材をきっかけに読書好きの子どもが増えていったらとても嬉しいこと。

どうぞ、習い事感覚で、気軽に始めてください。

語彙力が強化され、読解力が高まり、イメージ力が広がれば、どういう変化が起きるのか?

ワクワクします。

2015年6月22日 (月)

語らいの場

日曜日の午前中、地域のオバサン達7人で、手作りのケーキを囲み、

語らいのひと時を持ちました。

声かけの主はMさん。

ご主人の介護をしながら、土木事業を切り盛りされている太っ腹母さんです。

自らもガンの手術を2回。3回目の再発も告知されて、不安もおありでしょうに、

他人の世話をやきながら、「感謝を忘れがちな私だから、この病は、

日常に緊張感をもたらしてくれるのよ」と達観。

メンバーにK大学病院に勤務する看護師さんがいました。

彼女言わく、「医療の現場では、とかく病気そのものしか見ないし。

こうした場でお話を聞くと、患者さんを違う角度から理解できて、とてもためになります。」

年齢も立場も経験も異なる人たちが集まって、

普段のことを何気に語り合う・・・すばらしい学びの場です。

人生色んなことがあるけれど、お互いを認め、共感し、「人間の目は前を向くようにできているんだから」と励まし合う・・・やっぱステキなことです。

外に出ると梅雨のシトシト雨が降り続いていました。

2015年6月14日 (日)

あっぱれ!星山先生(2)

星山先生の講座を終えるたびにノート整理をし、

いつでも思い起こせるように努めています。

先回は、ディズニーの「アナ雪」を発達障害の視点から。

姉のエルサはASD。自らの魔力を人々から恐れられ、

孤独感の中、氷の城を造り閉じこもってしまいます。

妹のアナはADHD。様々に手を尽くし姉の心を開きます。

そこには深い姉妹愛がありました。

エルサは妹という自分以外の人と繋がることにより 「ありのままで」 生きていく強さを得たのです。

それらを下敷きにして、あらためて ♪Let It Go を歌うと、なるほど!と納得です。

周囲が、個人の特性の強さに、圧倒され、理解できないと批判し、恐れ、拒絶する・・・

そこに発達障害を持つ人たちの生きづらさがあります。

イイエ、ポイントは、障害の有無ではなく、人間観です。

フラットな人なんて一人もいません。

自分と違う、目の前の人を理解し、どう触れ合うか、相手よりこちらの問題なのです。

こうした学びを楽しく進めて下さる星山先生。

また、レポートします。

2015年6月12日 (金)

あっぱれ!星山先生(1)

発達障害の専門家、星山先生のことは、何はともあれこのブログ上に残しておきたいと思います。

齢のころは50代半ば。楚々とした美しい女性です。

お住まいは鎌倉とか。明星大学の教授として多くの学生を教育現場へ送り出して来られました。

現在私は、彼女の基礎講座を80名のメンバーと共に受講しています。

会場の多摩センターまで出向くのは、ひとつも苦になりません。

20数回続く内の4回めが終了したばかりですが、学ぶ幸せと充実感に満たされています。

なぜ受講する気になったのでしょうか?

LD学会主催のS.E.N.S養成講座を3年がかりで受けているに拘わらず・・・です。

それは、星山先生が、いつまで、一介の庶民である私たちに、直接教えて下さるか、

先きのことは分からないという焦燥感にも似た思いがあったからです。

星山先生に出逢って、人生の僥倖を味わっています。(つづく)

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